「今の子、アサミに似てない?」
どきり、わたしにはなしかけたのかなあ、そう思ったけれどわたしが振り返るのもなんだか違う気がした。
わたしはアサミにそんなに似ていないと思うんだけど、似ていると言われることが多い。宮村くんとよくしゃべっているオレンジの人もわたしのことをそう言った。誰だったんだろう、制服違ったけど、宮村くんと仲がいい男の子。
そんなちょっと前の記憶をひっぱりだすと、もっと前の記憶も引っ張り出してしまった。
「ねえ、ちょっといいかな?」
わたしの世界を変えたのは、ふたりの男の子だった。
ひとりはただの変態でもうひとりはわたしではない他の女の子のことが好きな男の子。
ただの変態は、わたしがデパートの婦人服売り場でお母さんへの誕生日プレゼントを選んでいるときにはなしかけてきた、かっこよくもなくかっこわるくもない普通の男の人。
「君の足に、すごく興味がある」
「はい?」
「筋肉の付き方と脂肪の付き方のバランスがいい、ヒールを履くようにすれば見違えるほどの脚になる。どう、この事務所入らない?」
「よくわからないし怪しいし、可愛くないので事務所なんて入りません」
「そう言っているうちは可愛くならないんだ、まずそうだな、脚専門のタレントになるといい」
「勝手に決めないで下さい!」
「それにしても、いい足だね。スポーツはやってないよね?遺伝かな?」
ただの変態はぽかんと口を空けていたわたしに名刺を渡すと、気が向いたらアルバイトにでもおいでーとかなんとか言って去っていった。
どういうこと?わたしが事務所?芸能人?うそでしょ?こんなおまけの女の子が?
意味がわからなかったけれど、まあ、家に帰ってお父さんのパソコンで調べてみたらけっこう大きな事務所だったし、雑用でもいいからわたしもアルバイトしたかった、お母さんへの誕生日プレゼント買っちゃったから少し今月ピンチだし。
そんな言い訳をしながら、わたしはあの変態…男の人の顔を思い浮かべて、少し笑ってしまった。
こうして脚専門タレント?として事務所に所属することになったのだけど、あの変態がメガネはだめだとか、ウィッグかぶれだとか、俺以外の人間としゃべるなとか、まあいろいろうるさかった。つかれた。逃げ出してしまいたかった。
でも、わたしは変態にメイクされるのが好きだったし、わたしは絶対買わないようなレミに似合うような洋服を着せてくれるところも好きだった。
全部、はじめてだったから。
他の誰でもない、わたしを見てくれて、レミのことを知らない。わたしとレミを比べたりしない。わたしを女の子として扱ってくれた、はじめての人だった。脚フェチの変態だけど。
「今の子、アサミに似てない?」
「からかわないでください、聞かれたらどうするんですか!」
「気づく人は気づくよ」
「…は脚のかたちで人を覚えてるから、メイクや髪型かえてもわかるでしょうよ」
メイクをかえれば普通の人は気づかない、わたしがアサミだということに。ほくろなんかはパソコン修正で消せるし、いつもはしない笑顔をするだけで、わたしだと誰も気づかない。
レミにも、仙石くんにも、石川くんにも気づかれない。
最近アサミの時間が増えて、変態と一緒にいる時間が増えて、授業も進むのがはやくなって、息苦しい。
少し顔を歪ませたら、ピンクのツインテールがひょっこり顔を出した。
「さくらー!今日やなぎんときょんきょんと帰るんだけど、一緒かえろ!」
「あ、ごめんレミ…今日はお母さんに早く帰ってきてって言われてるんだ。仙石くん呼んであげなよ、また拗ねちゃうわよ」
わたしには誰にも言っていない秘密がある。
みんなにわたしのことをもっと知ってほしいだとか、秘密を共有したいだとか、思ったことはない。そう、十分なんだ。
わたしが夢みる時間は、アサミになったときと石川くんとはなしていたとき、やなぎくんとはなしているとき、それだけで十分なんだ。
2012*08*05
深海少女 episode2